住友史料館


住友史料叢書「月報」

  • 「住友の建築物にみる三つの理念」・・・奥 正之

 東京・大手町交差点には、三井住友銀行の二棟の高層ビルが日比谷通りを挟んで向かい合って立つ。皇居側にある平成22年(2010)竣工の本店(22階建)と、その対面にある平成27年(2015)竣工の東館(28階建)である。いずれも、日建設計の設計・鹿島建設の元施工で、私が同行の頭取、持株会社会長時代に竣工されたものだ。役職柄、企画段階から深く関わりあったが、とりわけ東館は、自前ビルでもあり思い入れが深かった。そこで、本稿では、住友の事業発展を支えてきた銀行の歴史的な建築物の特色に目を向けてみたい。

 戦前の住友の事業は、時系列的には、オリンピックのメダルの色ではないが、「銅(鉱山)・銀(銀行)・金(金属)」の各社がグループを牽引し、発展してきた。「銀」である住友銀行の設立は、明治28年(1895)の「尾道会議」で決議され、同年に創業を開始したが、先を行く三井銀行には19年遅れであった。同会議で、住友の事業成長を見据えて住友本店・銀行本店を建設する方針が採択され、「住友本店臨時建築部」(日建設計の前身)が創設された。この建築部が設計し、明治41年(1908)に竣工したのが「住友総本店仮建物」である。日本銀行旧大阪支店の跡地とその周辺の土地を買い入れ、その一角に建設された木造2階建の洋館は、野口孫市技師長による設計で、当時としてはモダンな八角形の塔やドーマー窓(屋根に設置した採光用の窓)を配した美しい建物であり、総本店と共に銀行も入居した。この建物は、後に住友ビルディング建築にあたり、関西大学の強い要望により、同大学の千里山学舎本館として寄贈・移築され、老朽化のため解体される昭和29年(1954)まで校舎として利用された。現在は、野口氏のモチーフが法科大学院の講義が行われる以文館に引き継がれており、十年余にわたり同大学で客員教授を務めた私は、年1回の講義の冒頭に、この以文館と住友との縁から話を切り出したものだ。

 この時期の銀行の建物として、野口氏とその跡を継いだ日高胖(ゆたか)氏の設計により、大正6年(1917)に日本橋に竣工し、住友総本店の東京拠点である「東京販売店」他も入居した住友銀行東京支店に触れておかねばなるまい。この建物には、米国サンフランシスコ大地震の震災視察団として派遣された野口氏の知見が活かされ、耐震・耐火面で先進的な設計が施された。この震災視察団の報告に基づき、当時普及しつつあった鉄筋コンクリート構造では耐久性に難があるとして、重要な部分に鉄骨を使用したほか、抗張力・抗圧力の強い用材を採用した。このおかげで、完成した5階建て煉瓦造の洋館である住友銀行東京支店は、大正12年(1923)の関東大震災で周囲一帯が壊滅し焼け野原と化したなかにあって、独り大きな損傷を受けず、外壁を焦がした程度で耐え抜き、大きな話題となったという。まさに先進性を示した事例である。
 その後、事業拡大により狭隘となり、銀行東京支店と各社は、昭和8年(1933)、丸の内の東京住友ビルディング(現・三井住友信託銀行の位置)へと移転した。もっとも、後にこのビルも手狭となり、昭和34年(1959)には、大手町交差点の一角に1,800百坪の土地を購入し、さらに大規模で質実清楚な東京新住友ビルディングが建設された。そこに、現在の東館が建つ。

 話は大阪へ戻るが、住友の事業拡大に伴い総本店仮建物が窮屈となったことから、大正5年(1916)に新しい大ビルディング建築に向け、日高氏を含むプロジェクトチームが任命された。大正11年(1922)末に大林組の元請で第1期工事(北館)を着工したが、翌年発生した関東大震災を受けて耐震性・耐火性を高めるよう、地下1階・地上7階建から地上5階建へと変更がなされ、大正15年(1926)に竣工。続いて、昭和2年(1927)より第2期工事(南館)を開始し、昭和5年(1930)に完成、「住友ビルディング」と呼ばれた。工事が2期にまたがったため、その後の地盤沈下により1階部分で北館と南館の間に若干の段差が生じているのはご愛敬か。外壁には国内産の竜山石、インテリアには魚貝類の化石も見られるイタリア産の大理石を用い、玄関にはギリシャ・イオニア式の円柱を配する、当時の西日本で最も壮大で重厚かつ華麗なビルであった。住友合資会社をはじめグループ各社が3階以上に入居し、南北1・2階をそれぞれ銀行及び信託が使用した。なお、昭和37年(1962)、ビル東側に隣接する住友商事、および、住友家保有の土地に竣工した新住友ビルディングに、連系各社が移転したため、当ビルは住友銀行の単独使用となった。
 この住友銀行本店ビルは、竣工から約80年が経った平成7年(1995)の阪神淡路大震災でも、建物に損傷がみられないほどの強度を有した。その後、三井住友銀行大阪本店ビルとなった当ビルは、歴史的価値保全のため、現姿のまま二年余をかけて耐震補強と空調・内装の大規模修繕を平成27年(2015)に終えて蘇った。また、数次にわたる補修の際に覆われた高さ6メートルの北館天井にはめられた3,635枚のステンドグラスは、今回の修繕工事で26年ぶりに陽の目をみて、LED照明によりさらに輝きを増している。

 住友が今日まで着実に「成長」してきた背景には、「自利利他、公私一如」というCSRの概念にも通ずる「先進的」な事業精神を受け継いできた伝統がある。
 冒頭に述べた東館でも、「先進的」な環境対策・省エネ技術を多用し、デザイン的には空に向かい一直線に伸びる縦のラインで持続的な「成長」を示し、また、ビルの基部に支柱を配し幅広の石壁で囲むことで銀行としての「堅実性」を表現している。
 いつの日か、三つの理念を表現した東館が、後世に語り継がれる住友の歴史的建築物の一つに加わってくれるものと願っている。

(三井住友フィナンシャルグループ名誉顧問)
住友史料叢書「月報」36号 [2021年12月20日刊行] 
※執筆者の役職は刊行時のものです。